「太平洋の森から」第22号(2004年10月発行)から
1 日商岩井の子会社ステティンベイ・ランバー社(SBLC)による砒素汚染公害その後。
・・・環境保全省が汚染除去命令を出した! ・・・ 清水靖子
2,004年8月末に、ニューブリテン島のステティンベイ・ランバー社(SBLC)社と隣接するマタネコ集落を訪れた。
集落からは子どもたちが「ヤスコ!ヤスコ!」という掛け声を繰り返しながら走りよってきた。「そういえば、この子どもたちが赤ちゃんの頃から私は砒素問題でこの村と関わってきたなあ」と感慨深くその可愛い姿に目をやる。子どもたちの声に大人たちも集まってきた。
翌日、マタネコ集落の人々に、私たちが前年度に撮影したビデオを見せる。昨年の調査の結果は、防虫処理場の停止後3年も経過しているのに、集落の泉も地下水も工場も、かつてない高い汚染値を示していた。30年の蓄積は今後も高い汚染値を残しつづけるだろう。集落の人々の失望と怒りは大きかった。子どもたちはビデオに自分たちが登場するものだから、無邪気に目を輝かせていた。
翌日はSBLCの現在の支配人、C.S. Bos InternationalのL・K・Gohさんとアポイントメントを取り付けてあったので会いに行く。
日商岩井は、30年にわたる砒素垂れ流しの汚染除去をしないままに、2003年12月22日にSBLCをマレーシアのC.S.Bos International社に売却し撤退した。
実は日商岩井は、子会社SBLCの売却まで数年もかけている。本当はもっと早く売りたかったのだが買い手が見つからなかったのである。理由はSBLCの起こした砒素公害であった。朝日新聞、週間金曜日だけではなく、パプアニューギニアの二大日刊紙に報道され、太平洋各地にも知れ渡った。現地の環境保全省も調査に乗り出し公害を確認した。それ故どの企業も汚染を起こしたSBLCを買おうとはしなかったからである。
マレーシアのC.S. Bos Internationalは、そのことを知りつつ、逆手にとって日商岩井から、ごく安い値段でSBLCを買う交渉をしつづけた。そして日商岩井からの「Hidden Liability=隠された負の遺産」を承知で安く買い叩いた。「これはトップシークレット!」とC.S.Bos InternationalからのGohさんが言う。結果としてC.S. Bos Internationalが砒素の汚染除去を引き受けることになった。C.S.Bos InternationalとしてのSBLCの支配人L・K・Gohさんは、上記のことをしばしば私に語ったが、今回は環境保全省の二人の役人たちの前でも語った。「だから汚染除去はSBLCとしてやる」と。
SBLCの購入はC.S. Bos Internationalとして価値があったのだろうか。SBLCは広大な山梨県ほどの原生林の地域の伐採権を所有しているから、CS Boss Internationalとして多少の汚染除去費用を出しても、原生林伐採から得られる膨大な利益に比べれば小さいものと読んだのかもしれない。
9月支配人室で私はGohさんと向かいあった。「汚染除去をやりますよ。明日環境保全省のWesley Irimaさんと Luke Tanikreyさんも来ます」。と確信に満ちて語る。Gohさんが招いたのだ。
それ以前にIrimaさんが、ポートモレスビーで私に語ったことによると、環境保全省はIrimaとTanikreyの連名で6月24日に「汚染除去命令」を含む調査書と書簡をSBLCに送っていた。その調査書は2003年5月付けになっている。日商岩井がSBLCを所有していた時期である。何故すぐに送らなかったのだろうか。その理由としてイリマさんは私には、「忙しかったから」とだけ答えたのだが真実は不明である。
汚染除去を命じたIrima案は、私に語ったところによると、1)工場内の汚染除去(特にプレッシャータンクとディップ・ディフージョン周辺)を行い、汚染土はセメント固化するか、深海に運びだして投棄すること。2)工場からの汚染された地下水を除去するために、工場と村との間に深いドレインを掘って海に運びだすこと。3)マタネコ集落には水道を数箇所補給すること。4)11月15日までにSBLCが実行しないならば250,000キナの罰金を払うようにとのことであった。
ただし報告書と書簡には4)は記されておらず、Gohさんは罰金なんて聞いていないと私に述べる。
私はGohさんとの会談で、「森を守る会」側からの2001年と2002年の島村調査報告書、2004年の調査報告書に加え、今回は「汚染除去方法の具体化」なる島村案を手渡して説明を開始した。
Gohさんは質問を熱心に繰り返しながらメモを見る。どこに汚染値が高いか。どのように取り除くのか。
島村案は、1)工場敷地内の土壌(特にプレッシャータンクとディップ・ディフージョン周辺)を深いところまで(汚染がなくなるところまで)掘って汚染を除去する。除去した汚染土はセメント固化する。
2)工場からマタネコ集落に砒素が流れこまないように、遮断・ブロックする。その方法は工場の外壁にそってドレインを掘り、集水管(穴のあいた直径1メートルぐらいの管)を10メートル〜20メートル間隔にドレインの途中に入れてポンプを設置し、そこから地下水(高度に砒素汚染されている)を強制的に汲み上げ、海に流し出す。
3)強制的にポンプアップすると、その期間はマタネコ集落の泉の水に影響が出るが、浄化終了後、帯水層を形成しているパプスで埋め戻すことによって徐々に回復させる。
Gohさんは、島村案について大変興味を示し、島村さんに電話までする。Gohさんは汚染除去作業はSBLCがする。機材もあり、ポンプも設置できるからなどと語る。
夕方到着した環境保全省のIrimaさんとTanikreyさんを待って、Gohさんと清水靖子を加えて4人で現場を回る。島村案をもとに詳細に検討する。その様子を私はビデオに撮影する。環境保全省の役人二人も、島村案に興味を示すが、ポンプを沢山設置するのは困難であると考えたのか、「まずは地下水にまで深くドレインを掘って、島村案のポンプは海近くに設置するのはどうか」という。
私は多くのポンプを各所に設置して強制的に地下水汚染を汲みあげないと汚染除去はできないという島村案を強調した。
Gohさんは簡単な環境保全省の案に傾く。しかも汚染土の除去は工場全域ではなく、プレッシャータンクとディップ・ディフージョン周辺のみで良いのではないかと言い出した。
出来るだけ安く簡単にというのが見え見えである。
今後は環境保全省とSBLCの交渉でことが進む可能性がある。とりあえずまずは工場とマタネコ集落の間に深い溝を掘る。環境保全省が再度汚染土とその深度を測定してから具体化を決定していくというものになった模様。まだまだこれからである。
マタネコ集落周辺の帯水層(地下水を溜めている地層)を形成している軽石層にこびりついた30年以上にもおよぶ砒素を除去することは、相当圧力をかけて強制的にポンプアップをしないと困難であることは目に見えている。
今後どのような方法がとられるのだろうか。日商岩井の責任問題も含めて、「森を守る会」としてどう対処するのか?課題は大きい。
まずは汚染除去への環境省とSBLCの交渉が始まったことは一歩前進なのかもしれない。とりあえず読者の皆様に緊急報告まで。
2 パプアニューギニアのジャキノット湾の伐採地訪問記 清水 靖子
ジャキノット湾は広大な湾である。かつては深い原生林がその奥地全域に広がっていた。私たちが今回訪問したジャキノット湾岸の中央部と西部(マラクル村からマンギヌナ方面奥地)には伐採会社が入らず森は守られている。
一方、湾の東部には1980年代から伐採会社が原生林を伐採しつづけてきた。
私たちは今回、ジャキノット湾の東端のマトン村のニューギニー・ランバー社(リンブナン・ヒジャウ系マレーシア企業)の伐採地を訪ねた。エンジンボートで湾先端を横断して2時間近く、外洋からの荒波で私たちの腰骨が「痛い!」と悲鳴をあげる連続の末到着した。
荒廃した大地に労働者のぼろ小屋がある。どこまでもつづく伐採道路。同社のマレーシア人担当者は私たちに奥地の視察を許さなかった。
そこで積み出し港で地元の人から話しを聞く。
「伐採は今年の初めから開始され、今まで5回船が来て一回目は7000m3、その後は4回とも6000m3の丸太を持って行った。しかし地主がわずかな伐採権料を受け取ったのは最初の2船だけ。」このような経過図式はよく聞く話である。企業は最初だけ地主にわずかな伐採権料を払い喜ばせておいて、後は払わない。文句を言いいつづけるころには、次の村へ伐採を移動する。中間にあって次から次へと村々を勧誘する地元有力者や政治家は、企業からの賄賂や伐採権料の中間搾取の金で懐を肥やす。残されるのは村人の貧困という悪循環だけである。今年だけで7000本〜1万本ほどの巨大な樹が積み出された。この村の暮らしが、今後どうなっていくのか危惧される。
伐られたパプア材の行方。
さてその丸太はどの国に輸出されているのだろうか。
パプアニューギニアの森林省が発行している「Timber Digest」によると丸太の輸出先に変化が生じてきちる。2003年では1,245,119m3(61%)が中国へ、406,217(20%)が日本となっている。過去30年以上日本に、60%以上が輸出されつづけた時代が変化を遂げ、2001年からは少しずつ中国中心にシフトしている。
今年2004年(4月までの統計)は338,527m3(58%)が中国へ、106,319m3(18%)が日本行きとなっている。
ちなみに現地の2003年の統計による輸出船積み価格(FOB)は1m3当たり米ドル53。日本の統計(日刊木材新聞)によると同時期パプアニューギニアからのFOB価格は米ドル118〜120。この差は何故生じているのだろうか。企業による不正で大規模な価格移転操作が想定できるとパプアニューギニアの丸太輸出チェック機関の専門家たちは私に語る。
さて日本は熱帯材の合板使用をやめているのだろうか。
たしかに日本の合板企業は使用する材を北洋材や国産材にシフトしつつあるが、熱帯材もまだ使用しつづけている。それだけではない。日本の合板会社が中国に進出して、パプアニューギニアやソロモン諸島を含む熱帯材丸太を原料として中国で合板産業をやっているのだ。それを中国の膨大な市場に売りつけ、かつ日本へも輸出している。インドネシアやマレーシアに進出した日本の合板企業も同国の企業と共に、熱帯材合板を日本に輸出している。
何のことはない。中国で儲けつつ、さらに回り回って日本は相変わらず熱帯材合板を建築現場や家具用に大量消費しつづけているのだ。
北洋材合板も、ロシアや他の原生林と大地を崩壊させている。私たちは合板や外材を建築に大量使用する暮らしを止めなければならない。
3 ソロモン諸島訪問記
9年ぶりにソロモン諸島を訪問した。空港から首都ホニアラへの沿道には、アジア系の企業や商店が立ち並び、アジア系移住労働者たちが働いている。まるでアジアの一角かと錯覚をおこさせる光景である。
森を守っているNGOのSolomon Islands Development Trust(SIDT)のオフィスで、アブラハムさんたちから話しを聞く。「中国への輸出も増えて、ソロモン諸島での伐採への圧力は激しさを増している。政府も地元有力者も伐採企業と手を結んでいる。ソロモン諸島は小さな島々が多いので伐採企業にとって丸太を搬出しやすい。原生林を奪われた虫食いのような島々が増え続けている。」「一方で私たちSIDTや多くのNGOの支援もあって、島々の人々が自分たちで手製の小さな製材機で製材して細々と収入を得る道を選び、伐採を拒否しつづけている。そういうコムニティが25箇所もある。また多様なオルタナティブで森を守っているグループがある。」
マロボ環礁へ
さっそくアブラハムさんは、私をマロボ環礁の視察に送り出すべく、グリンピースの船に同乗させた。
マロボ環礁はその美しさと森と海の豊かさ故に世界遺産として保全されるべき世界の七不思議のひとつである。しかし政府は世界遺産保全のためにユネスコから金をもらったが流用し、また伐採企業を誘致しつづけている。
さて船はマロボ環礁の一角のニュージョージア島東岸にあるチュチュル村のPan Pacific 社(リンブナン・ヒジャウ系のマレーシアの企業)の見える環礁に停泊する。私たちは奥地への視察を申し出たが断られた。ここでも同様だった。
私はチュチュル村の首長にインタビューした。「私は愚かだった。地元有力者の誘いで伐採企業にサインをした。企業は一年半前に伐採を開始し、川も森もぜんぶを駄目にしてしまった。私の部族は今まで一度も伐採権料を貰っていない。サインをした他の首長が貰ったかどうか知らない。サインをした私が愚かだった」と涙を流した。丸太置き場の地元労働者が言うには「最初の一回半分を企業は伐採権料としてほんとうにわずか払ったが、その跡は払っていない」とのこと。ここも同じである。
激しい伐採の嵐と有力者と企業の利益
ソロモン諸島伐採問題に詳しい人の話を聞くと、こうだ。「このマロボ環礁一帯を牛耳っている地元有力者に有名なサルヌ・ミリカンダがいる。彼はJ・B・Enterprise社を所有し、政府発行の森林伐採ライセンスを獲得している。彼はマレーシアのPan Pacific社などをサブ・コントラクターとして雇っては、マロボ環礁各地の原生林伐採を展開している。ソロモン諸島は、ママロニ首相(彼自身も大伐採企業を所有)時代に、こうした森林伐採ライセンスを地元政治家や有力者に与える方法を開始した。外国企業はこれに飛びつき、地元有力者と結託して伐採を急増させた。政治家・有力者と伐採企業が甘い汁を吸い、伐採地の住民に行くはずの金は途中で搾取され消える。地主が怒って裁判を起こしたとしても外国伐採企業は“自分たちのライセンスで伐ったのではない”としてケリをつけてしまう。」
私がソロモン諸島訪問中の9月15日に「伐採業者が牢獄へ」と題する記事が、日刊紙ソロモン・スター紙上に9月15日のトップに掲載されセンセーションとなった。それは外国伐採企業による政府関係者への賄賂の氷山の一角を物語っているのに過ぎないのだが。
内容はEarth Mover社という、ソロモンの原生林を食いつぶしつづけてきた伐採企業のAlex Wongという副支配人が、税関役人に丸太積荷の書類の咎めを受けた件で、その役人に5000ドルの賄賂を贈って逃れようとしたところを現場で逮捕されたのだった。しかしこうした逮捕は珍しいので大きな記事になった。ほとんどは賄賂を受けて、事実は闇に葬られるのだが。
手作り製材をする若者の共同体
さてマロボ環礁の前述のチュチュル村伐採地域に隣接するロビ共同体では、若者中心に小さな取り組みが行われていた。首長たちが伐採誘致した地域でありながら、若者たちが同企業に、原生林の一部を保全地区として残すことを要求し、そのブロックの川と原生林を守り、自前の組み立て式の小さな製材機で製材・販売プロジェクトをしているプロジェクトである。ちょうどディレニアという堅木を、Redoさん(写真の白い作業服の人)を中心に伐って製材していた。その家族たちも見守る。その材で、村々の家や波止場を手作りしてきた。また売った製材はわずかな収入になっている。村々の首長たちも、このオルタナティブな取り組みに一目置くようになった。そうした地域では伐採企業に今後No!と言う決意をしている。
ランガランガ環礁へ。
マライタ島のランガランガ環礁をアブラハムさん一家と回った。
ランガランガ環礁は伝統の木船づくりと、シェルマネー(貝貨)作り、石を積み上げてつくった小さな人工の島づくりでも有名な地域である。
そのランガランガ環礁内の秘境、アブラハムさんの家族だけが住まう小さなマラフェ島で過ごした日々は夢のような世界だった。ベランダの下には魚の群れが悠々と泳ぐ。朝な夕な、環礁の生物たちと朝日と夕焼けを眺めながら、釣ったばかりの魚や貝を食卓で頂いた。家族はその日の分だけをつつましく採って売ったりはしない。タロイモやサツマイモは対岸の畑でつくっている。家族総出のシェルマネーづくりや、海草や珊瑚を増やすプロジェクトも見せて頂いた。
それだけではない。驚いたことには、マグロが外洋からひそかに卵を産みにくる環礁内の聖地までがあった。アブラハムさんたちはあらゆる努力を払って、その秘境を守っている。
対岸のマライタ島側では伐採企業が進出している地域が点在する。住民がダイナマイト漁法(日本軍が放置したバクダンで)を頻繁に行なっている。ランガランガ環礁との間の海は濁りがちである。これらに反対する運動も展開されていた。
今後は「森を守る会」としても、ソロモン諸島の森を守る連帯と、調査を再開したいと願いつつ帰国した。